集団の原理

最近は特に小中学校のイジメとか、社会問題になってきてるのを感じます。

殺人事件まで起こってしまうとさすがに問題視するのも仕方ないかな?

あと、自殺も増えてる傾向にあり、特にこの夏休み明けと言うのが多いと聞きます。

人間心理として、しばらく学校から遠ざかりストレスもない中過ごしてたのに、また学校が始まって、集団の中での生活が苦痛になると言うものなのでしょう。

よく芸能人が、自分もイジメに合ってたと言う告白をして話題になりますが、集団で暴行されたり、無視されるみたいな経験って、少なからず半数以上の人が経験してるんじゃないかと思います。

周りはそんなこと思ってなくても勝手に被害妄想してしまう人もいるでしょうし。

 

よく、40~50代の方が「昔はこんな陰険なイジメなかった」みたいなこと言いますが、まったくなかったわけではないと思います。

今のようにメディアが取り上げるかどうかであって、昔からイジメにあって自殺した人もいれば集団で暴行を受けて命を落とした人もいるはずです。

陰険などと言われる理由は、昔と違って携帯電話やインターネットなどで悪口を書いたり、コソコソ裏でやる傾向があるからでしょうね。

私は一度そういえば、思いっきり黒板に別のクラスの生徒から悪口を書かれたことがありました。あれも今思えば、ちょっとのズレでイジメに合ってた人と紙一重だったのかもしれません。その時はクラスメイトがみんなでフォローしてくれましたが。

(余談でした)

 

さて、こうしたイジメってどうしておきてしまうのでしょう?

人間特有のものかと言うとそうではないですね。動物も同じですが、ひとつの集団、人間で言うところの学校のクラスや、部活動、サークル、会社で言うと部・課と言ったコミュニティになりますが、これらの中にいる時に、何故か必ず自分より弱いモノを見つけてはそれを蹴落とすことで自分を守ろうと言う心理が生まれるのです。

たとえば、クラスでもしかしたら自分がいじめられるかもしれないと言う恐怖心があったとして、他にいじめられてる友達がいたら、一緒になっていじめることで自分の身は守られます。

部活動で、自分より実力がない部員がいたら、その部員を責めておけば、自分は悪くいわれないで済みます。

会社もそうですよね。実力主義の営業課で、自分の成績が悪くて上司や先輩に怒られると思った時、自分よりも悪い同僚がいたら、その同僚に目が行くようにして自分は怒られないように防衛しようとします。とりあえず、自分よりも目立つようにしておけば自分は怒られないし、自分も一緒に責める側に回っておけば安心と言うわけです。

必ずコミュニティでは、一人を悪者にしてしまおうと言う心理が働きます。

ドラマでよくあるような光景のようですが、実際の社会でも多々こういうものを目の当たりにしてきました。

最終的にクラスにしろ、部活にしろ、会社にしろ、そうやって責められいじめられた人が辞めてしまったら、次のターゲットがまた現れて、同じように責めたりいじめたりする。そんな繰り返しなんです。

そして気づいた時は、雲隠れしていた自分がターゲットになったり・・・

そう考えると、今社会問題になってる学校でのイジメに限らず、年代関係なしに同じようなことは行われているんだなと私は思ってます。

よく教育評論家の方々がこうした問題に言及してますが、私はそれよりも心理学者が、こうしたコミュニティの原理原則をもっとメディアで示すことで、結局気づいたら自分も、動物の本能に任せて同じようなことをやってしまってるんだと言うことを分からせる必要があるのかなと思います。

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